「更新しません」と、即レスした日
派遣の契約が切れるのは、その年の秋のはじめ。
会社から「今後どうしますか?」と聞かれて、回答の締め切りまでまだ日があったのに。連絡が来て1時間後には、「更新せず、来月末で終了します!」と元気よく返信していました(笑)。
理由も聞かれたので、「雪が大変で…」と答えた私。
……東北育ちなんですけどね(笑)。
本当はね、仕事そのものが嫌だったわけじゃないんです。ただ、「今日は誰の機嫌が悪いだろう」と顔色をうかがいながら働く毎日に、心が少しずつ削られていた。だから、辞めると決めたときは、ちょっと清々しかったくらい。
(更新しないって、ちょっとうしろめたい気もするけれど。その葛藤は別記事に書きました→【派遣看護師、更新しないで辞めるのは裏切りか問題】)
「まあ、どこか決まるでしょ」。このときの私は、わりとお気楽モードでした。
次が、なかなか決まらない
担当さんに「次を探してください」とお願いして、私は北海道で働き続けたかった。春から北海道にいたので、そのまま続けたかったんです。
一度、道内でよさげな案件がありました。でも寮の準備がうまくいかず、流れてしまう。
次に道東の施設を紹介されたのは、辞めると決めてから、なんと約1か月後。そしてそこからが、また長い。
施設の返事待ちがとにかく長くて、面談の日程がようやく決まったのは、紹介からさらに2週間近くたってから。決まらない日が続くと、お気楽モードはどこへやら。「このまま、無職になっちゃうのかな」という不安が、じわじわ効いてきます。前の職場はパッと決まったのに、今回はとにかく遅い。「ここ、なんでも遅いな…」と不信感まで芽生えてくる始末。
(このとき地味に焦ったのが、保険証の問題。「あれ、私の保険証ってどうなるの?」って。これは話すと長くなるので、いずれ別の記事にまとめますね)
でも、文句は言えません。だって、ここしかないから。とにかくお金を稼ぎたい、できれば寮付きで。祈るような気持ちで、返事を待っていました。
待ちきれなくて、いったん実家へ
次がいつ決まるか分からないまま、北海道で待ち続けることはできませんでした。だって、確定するまで宿を取って待つなんて、ホテル代がいくらあっても足りません(笑)。10月の北海道で、宙ぶらりんのまま過ごすわけにもいかない。
確定しないなら、もう帰るしかない。私はフェリーに乗って、苫小牧から東北へ向かいました。
実家での日々は、それはもう胃もたれの連続でした。地元のおいしいそば屋、ラーメン、つけ麺を食べ歩き、友人とたこ焼きパーティー、回転寿司、スイーツ食べ放題。地元に帰ったらやりたかった、というやつを、胃袋が悲鳴をあげるまで詰め込みました。そして極めつけは、母のごはん。
病院・クリニック・歯科にも、ここぞとばかりに行きました。派遣の合間って、こういう「ためてた用事」を片づける自由があるんですよね。常勤だとなかなかこうはいかない。
そして、実家の布団。あれが、いちばんよく眠れる。横になった瞬間、「ああ、帰ってきたなあ」って、ふっと力が抜けました。
本当は地元に帰りたくなかった私だけど。帰ってみたら、人って意外と、ちゃんと休めるし、動けるもんだなと思いました。
面談、そして「派遣じゃなかった」問題
待っていた施設から、ようやくオンライン面談の日程が決まりました。
すると派遣会社から、「面談の前までに、履歴書をメールで送ってください」と連絡が。
……あれ?履歴書?
いつもは派遣会社が用意してくれるのに、なんで今回は自分で? 引っかかって、電話で聞いてみたんです。
そうしたら――衝撃の事実。この案件、派遣じゃなくて、非常勤(直接雇用)の枠だったんです。どうりで履歴書が必要なわけだ。
派遣だと思っていた私は、内心ちょっとむかむか(笑)。とはいえ、「派遣」と「非常勤」の違いなんて、最初は私もよく分かってなかったわけで。お互いさまかもしれません。
(このあたりの行き違いの顛末は、私が使った派遣会社の正直なレビューに、包み隠さず書きました→【スーパーナース、両方やった私の正直レビュー】)
迎えた面談は、拍子抜けするくらい穏やかでした。「なんで北海道がいいの?」と聞かれて、「惹かれるんです」とだけ答えた私。「冬は寒いよ」「車はあった方がいいよ」と、向こうも親切に教えてくれて。
そしてその日のうちに「来てください」と内定。これでようやく、一安心です。
面談から6日後、またフェリーに乗る
内定が出て、なんとそのわずか6日後には、もうフェリーの上にいました。
更新しないと決めてから、ここまでトータルで約2か月。決まるまでは永遠かと思うほど長かったのに、いざ決まってからは、あっという間。契約が切れてから次の職場で働き始めるまでは、ざっくり2週間でした。決まったら早いんです、派遣って。
(そういえば前にも、面談からたった16日で北海道に飛んだことがありました→【派遣看護師、面談して16日後には北海道にいた話】)
今回は、タイヤは持っていきませんでした(前は車のタイヤごと運んだ女です)。要るもの、要らないもの、「まあ北海道に着いてから考えればいいや」と、とにかく詰め込む。
面談が終わるまでは、ずっと心がざわざわしていました。「落とされたらどうしよう」「うまくいかなかったら」って。でも終わった瞬間、うれしさとワクワクで、なぜか食欲が増しました(笑)。現金なものです。
あのとき、不安だった私へ
第一希望だった案件が流れて、本当は帰りたくなかった地元に帰ることになって。決まらない日々は、正直こわかった。
でも、結局どうにかなりました。
この、辞めると決めた職場で学んだことが、ひとつあります。それは「自分と仕事のあいだに、線を引いていい」ということ。職場のみんなに好かれる必要なんてないし、会社と自分は、別物。「これは相手の問題で、私の問題じゃない」――そう分けられるようになっただけで、ずいぶん楽になりました。
だから、あのとき眠れなかった自分に、ひとことだけ言うとしたら。
「結局どうにかなるよ。人生、楽観的に楽しめ!」
これに尽きます。
派遣って、いいことばかりじゃないし、こんなふうに「決まらない不安」もちゃんとあります。それでも私は、期限のある働き方に救われてきました。
派遣ってどうやって始めるの?という人は→【派遣看護師になるには?】
私が実際に使った会社のリアルが気になる人は→【スーパーナース正直レビュー】
のぞいてみてください。
