初めて野生の鹿に会った日のこと
北海道に来るまで、野生の鹿に会えるなんて思ってもいませんでした。
事前情報もとくになかったし、まさか道路に出てくるとは。動物園の中にしかいないと思っていた生き物が、ふつうに道を歩いているなんて。
そして実際に、会えてしまった。
夕暮れ時、施設からの帰り道。ふと視界の端に動くものが見えて、思わずブレーキを踏んだ。
鹿だ。しかも1頭じゃない。親子なのか、親族なのか、ぞろぞろと数頭で道路を横断しているではないか。
かわいい。なんてかわいいんだ。
本気で感動した。これぞ北海道!こんな景色の中で働いているのか、わたし。なんかとんでもないところに来てしまったな、と思った。
しかし、現実は甘くなかった
鹿への感動も束の間。翌日、職場でさっそく話した。「昨日、帰り道に鹿がいたんですよ!数頭で!かわいくて!」と。
地元スタッフさんたちとの会話で、現実を知ることになる。やさしく笑いながら言われた一言が忘れられない。
「かわいいんだけどね、でも鹿だけは絶対に引きたくないのよ」
みんな、口をそろえてそう言う。
理由を聞いて、納得した。鹿との衝突は、車へのダメージが洒落にならないらしい。エンジンがやられることもあるし、最悪、車が大破する。そして何より命に関わることもある。
鹿は体が大きい。しかもあの独特の動き。突然飛び出してくる。しかも複数頭で。
かわいいだけの生き物じゃなかった。北海道の道路では、鹿は「かわいい野生動物」である前に「危険な存在」として認識されている。わたしのテンションが浮いていただけだった。
そういえば、北海道ではエゾシカによる交通事故が毎年かなりの件数発生しているらしい。しかも夜間や早朝に多い。暗くてスピードが出やすい時間帯に、突然大きな生き物が飛び出してくる。想像するだけで怖い。かわいいと思っていた鹿が、一気に「要注意生物」に格上げされた瞬間だった。
鹿笛という文化に出会う
さらに知らなかったものと出会った。**「鹿笛」**だ。
北海道では、鹿よけのために車に取り付ける笛があるらしい。
…………鹿笛?
最初聞いたとき、頭の中でしばらく「?」が浮かんでいた。鹿を呼ぶ笛?え、呼ぶの?なんで?……いやいや、逆だ逆。鹿を「よける」笛だ。
「動物よけ警笛」とも呼ばれているようで、走行中に風を受けることで超音波を発生させ、道路に飛び出しそうな動物を手前で立ち止まらせる仕組みになっている。
人間にはほとんど聞こえない音で、動物だけが感じる周波数だそう。
車にオプションで付けてる人もいるのだと知った。
それにしても、鹿笛なんてものが存在する地域が日本にあるとは。東北で車に乗り続けて何年も経つのに、一度も聞いたことがなかった。北海道は本当に別の国みたいだと思った瞬間のひとつだった。
それでも鹿は、北海道の日常だった
慣れてくると、鹿を見かけることが普通になってくる。
夕方から夜の帰り道に鹿。職場の駐車場にも鹿。そして極めつけは、医務室の窓の外で草を食べている鹿。
仕事中に視線を感じて窓を見たら、鹿と目が合った。しかもたまにこっこ(子鹿)を連れてきたりする。癒しすぎる。
最初はいちいち感動していたのに、気づけば「あ、また来てる」くらいの感覚になっていた。
それでもやっぱり、親子で歩いている姿はかわいい。こっこ(子鹿)を連れたお母さん鹿なんて、思わず手を止めて見てしまう。
ただ、道路で見かけたあとは速度を上げない。信号が少なくて道が広い北海道だからこそ、スピードを出したくなる気持ちをぐっとこらえる。それが北海道での鹿との共存ルールだと学んだ。
ちなみに職場では「あそこ最近鹿よく出るらしいよ」「鹿また増えてきたね」なんて会話をさらっとしていた。地元にいたら絶対に聞けない会話だ。へえ、そういう情報を共有しながら暮らしているんだ、と聞きながら、わたしも気をつけなければと思った。
かわいいと危ないが同居している。それが北海道の鹿という生き物なのだ。どっちも本当のことでなんだかもどかしいが。
北海道ならではの景色
派遣で北海道に来なければ、鹿笛の存在も知らなかったし、野生の鹿と日常的に遭遇する生活も知らなかった。
非日常が、気づけば日常になっていく。それが派遣生活の面白さのひとつかもしれない。北海道に来なかったら、鹿を見て感動することも、鹿笛の存在を知ることも、鹿がいることが当たり前の風景も知らないままだった。派遣という働き方が、わたしの世界をすこしずつ広げてくれている気がしている。
北海道まで車ごとフェリーで 渡った話はこちらの記事です。
鹿ちゃん、理想通りにかわいかったよ。ただ、現実もちゃんと教えてもらいました。かわいいだけじゃない、それでもやっぱりかわいい。北海道の鹿はそういう生き物です。
最後まで読んでくれてありがとうございます。こんな北海道派遣ナースの日常、またぼちぼち書いていきます。気が向いたときにでも、またふらっと遊びにきてください。お待ちしています。
