お給料が高いぶん、行った日から動ける人だと思われている。なのに、思うように動けなかったらどうしよう。
これから応援ナースに行く方の中には、そんなふうに考えている方もいるかもしれません。
私もそうでした。最初に派遣に出ると決めたときは、まだ一日も働いていないのに、がっかりされる場面ばかり想像していました。
それから何年かたって、ある施設で、私の知らないところでこう言われていたと聞きました。「あの人は応援ナースだから早いの」。
この記事は、自信がないまま派遣に出た私が、何を怖がっていて、行ってみて何が起きたのかを、そのまま書いたものです。
先に、私の答えだけ置いておきますね。使えないと思われるかどうかは、行く前の私にはわかりませんでした。そして、自信は出かける前にはそろいませんでした。
自信がないまま、初めての派遣に出ました
私には、看護師の仕事に疲れて、現場から離れていた時期があります。
そのあいだは海外にいました。生活のリズムは、それはもう自由でした。起きたいときに起きていました。
そろそろ働こうかな、と思ったときに選んだのが派遣です。決まってから初日までのあいだ、私はずっと緊張していました。あの緊張は、今でも覚えています。
怖かったのは、看護の技術じゃなかった気がします
不安の中身を、当時の私はうまく言葉にできていませんでした。
技術のことは、もちろん気になっていました。しばらく現場を離れていたので、手が鈍っているだろうなと。あの忙しさの中で、もう一度働けるのかなとも思っていました。
でも、いま思い返すと、いちばん重かったのはそこではなかった気がします。
もう一度8時間働くこと。朝早く起きること。普通の人の日常に戻ること。
言葉にすると、たったこれだけです。でも当時の私には、それがいちばん怖かった。社会の歯車に戻るのが、怖かったんだと思います。
起きたいときに起きていた生活から、決まった時間に決まった場所へ行く生活に戻る。看護の技術より、そっちのほうがずっと重たく感じていました。
もうひとつ、正直に書いておきます。派遣はお給料が高いぶん、「あの人、仕事できないね」と思われたらどうしよう、という気持ちがありました。高く払ってもらう以上、それに見合っていないと困る、と。今思うと、まだ一日も働いていないのに、勝手に採点表を作って自分を減点していました。
※技術のほうの不安については、別に1本書いています。病院から離れると腕が落ちるんじゃないか、が引っかかっている方は、こちらもどうぞ(→【病院から施設に移って、スキルは落ちたのか。離れたものと、増えたもの】)。
初めて施設で働いた日。2〜3週間で「あ、やれるかも」と思えました
そんなふうにおそるおそる復帰して、しばらくしてからのことです。
次に決まったのが、特別養護老人ホームでした。施設で働くのは、そのときが初めてでした。
病院とは、まず仕事の量が違います。基礎疾患のある方はもちろんいらっしゃるのですが、そこは病棟ではなくて、利用者さんが生活をしている場所なんですよね。流れているスピードが、そもそも違いました。
それから、看護師さんが優しかった。穏やかな方が多くて、それにずいぶん助けられました。
あとから思うと、そのときの契約の条件も味方してくれていました。受診対応もなかったし、オンコールもなかったんです。最初の一歩が軽い場所だったのは、たぶん運が良かったところだと思います。
「あ、やれるかも」と思えるまでに、2〜3週間くらいでした。自分でも、思っていたより早かったです。
そのころ、思ってもみない言葉をもらいました
その施設で働きはじめて、わりと最初のころです。
私は看護師さんだけでなく、他の職種の方にも自分から声をかけるようにしていました。理由は、わりと現実的です。みんなと仲良くしておいたほうが、困ったときに助けてもらえるし、結局は自分が働きやすくなる。そう思っていたからです。
そうしていたら、ある介護士さんに言われました。
「くせがないね」
私と話していて、そう感じたそうです。
その方は女性で、穏やかで、その人がいると場の雰囲気が和やかになるような方でした。
でも、言われた私はというと、「えっ、そうですか?」と笑って返しただけで、正直、何のことかよく分かっていませんでした。
あのころの私は、人からもらった言葉を、そのまま受け取れませんでした。褒めてもらっても、どこかで「社交辞令かな」と思ってしまう。自分に自信がないというのは、たぶんそういうことなのかなと思います。
あれが褒め言葉だったと分かったのは、ずいぶんあとでした
その言葉の意味が分かったのは、ずっとあとのことです。
振り返ってみると、私が職場で気をつけていたのは、自分の考えを押しつけないこと、相手の話を否定しないこと、それから、なるべく笑顔でいること。それくらいです。特別なことは何もしていません。
でも、そうしていると、いろいろな人が話しかけてくれるんですよね。あっちの人の話も、こっちの人の話も、うんうんと聞く。気づくと、そんな位置にいることが多くなっていました。八方美人と言われたら、それまでなんですけど😅
意見の合わない人同士がいる職場で、どちらとも普通に話せる人がひとりいる。それだけで、場の空気は少しやわらぐのかもしれません。あの介護士さんが言っていたのは、たぶんそういうことだったのかなと、今は思っています。
だからあれは、褒め言葉でした。分かるまでにずいぶんかかりましたけど。
ただ、ここには続きがあります。くせがない人、緩衝役になってしまう人には、きつい面もあるなと思っていて。
あいだに立つということは、両側の空気を受け取り続けるということでもあります。自分がどうしたいかを持たないままそれをやっていると、疲れだけが残っていく。私がずっと疲れていたのは、たぶんこれだったのかなと、今は思っています。
いまは、自分がどうしたいかで動くこと、これは相手の問題で私の問題じゃないと分けること、そういう考え方を少しずつ身体に沁みこませているところです。まだ途中ですが、距離の取り方が変わってきて、前より働きやすくなりました。
※このあたりの話は、別に1本書いています。職場の空気を拾いすぎて疲れるなという方は、こちらもどうぞ(→【看護師の人間関係がつらい。HSP気味の私は「6ヶ月で終わる」に救われた話】)。
「派遣なんですか?」と聞かれた日に、知ったこと
もうひとつ、自分では気づいていなかったことがあります。
ある施設で働いていたときの話です。私より1か月ほどあとに入った看護師さんが、別の看護師さんにこんなことを相談していたそうです。
「はな子さん、仕事に慣れていてすごい。比べると私は遅い」
相談された看護師さんは、こう答えたそうです。
「あの人は応援ナースだから早いの。即戦力が求められる人たちだから」
このやりとりを教えてくれたのは、相談した看護師さん本人でした。後日、「はな子さんって、派遣なんですか?」と聞かれて、その流れで話してくれたんです。
自分では、思ってもいなかったことでした。
自分の強みって、自分ではよく見えないものなんだなと思います。私が知っている自分の強みは、ほとんど全部、人に言葉にしてもらったものです。自分で見つけたものは、たぶんひとつもありません。
今も自信がない部分はあります
じゃあ今は自信満々なのかというと、そんなことは全然ないです。
行く前に、その職場がどういうところなのか、どういう体制なのかが分からないと、「できるかな」と思います。これは今でもそうです。自信がないというより、不安に近いかもしれません。
ただ、そのあとに続く言葉が変わりました。
「まあ、行ってから考えよ」
これだけです。かっこよくないですけど、これだけで動けるようになりました。
きっかけのひとつは、以前どこかで触れた言葉でした。10秒考えて分からないことは、それ以上考えても仕方がない。そんな趣旨のもので、これが妙に残っています。答えの出ないことに時間を使うより、動いてみて、どうだったかを見て、次に活かす。その繰り返しでいいんだな、と。
それと、もうひとつ。失敗というのは、たぶんないんだと思っています。行ってみて合わなければ、更新しなければいい。合えば、更新すればいい。嫌なことがあっても、それは次の職場で同じ思いをしないための材料になる。そう考えるようになってから、ずいぶん気が楽になりました。
あとは、これは自分に言い聞かせている部分もあるのですが。アラフォーまで、悩んだりつらかったりしながらも、なんとかここまで生きてきたという感覚があります。急性期の病棟で、あの忙しさと残業と、次から次へと来るあれこれを、それでもやってきたという感覚も。あれをやってこられたなら、まあ大丈夫かな、と。
分からないことは、行かないと分からない。だったら行ってから考えよう。そう思えるようになるまでに、私はずいぶん時間を使いました。
まとめ|自信は、出かける前にはそろわない
自信がないまま働き続けていいのか、それとも向いていないのか。
私の場合の答えは、自信は出かける前にはそろわなかった、でした。行ってから、しかも人の言葉を借りて、あとからついてきた感じです。
もしかしたら、あなたの強みも、まだあなたには見えていないだけなのかもしれません。私も、言われた当時は首をかしげていましたから。
向いているかどうかで迷っている方には、線を引いてみた記事もあります。自分は向いてない側なのかな、というところが気になる方は、こちらもどうぞ(→【派遣看護師に向いてない人・向いてる人。両方やった私が正直に線を引いてみた】)。
これから寮付きで行く方へ。仕事の不安と同じくらい、最初の2週間は部屋と生活を整えるのに手いっぱいでした。虫と同居した部屋から、設備がそろいすぎていた部屋まで、当たり外れをそのまま書いています(→【派遣看護師の寮、おったまげた話。虫と同居からバナナスタンド付きまで。】)。
最後まで読んでくれてありがとうございます。 このブログが、誰かの「わかる」になれたら嬉しいです。 またのんびり読みにきてください。
