仕事が嫌いなんじゃない。「空気」に疲れていた
白状します。私、辞めると決めた職場のこと、仕事そのものは嫌いじゃなかったんです。
利用者さんは素敵な方が多いし、処置も受診対応も、まあ、なんとかやれる。じゃあ何がそんなに嫌だったのか。ずっと言葉にできなかったんですが、今なら分かります。
人じゃなくて、「空気」に疲れていたんです。
朝、職場のドアを開ける前に、まず深呼吸。今日は誰の機嫌が悪いだろう。あの人は今日、塩対応の日だろうか、普通の日だろうか。挨拶の声のトーン、カルテを置く音、ため息の回数——そういうものを、全身のアンテナが勝手に拾ってしまう。
拾いたくて拾ってるんじゃないんです。勝手に入ってくるんです。
私はたぶん、人の機嫌や場の空気を人一倍キャッチしてしまうタイプ。最近はHSPなんて言葉もありますが、要するに「まわりの変化に気づきすぎるセンサー」を標準装備して生まれてきた人間です。このセンサー、災害時にはめっぽう役立つんですが、機嫌にムラのある人と同じ空間で働くとなると、話は別です。
お局さまという名の「天気」
その職場には、機嫌で態度が変わる人がいました。
昨日は普通に話せたのに、今日は挨拶しても返ってこない。質問すると、日によって「いいよー」と「……で?」の二択。私はそのたびに、「私、何かしたかな」と頭の中で反省会を開催するわけです。開催費、無料。閉会時刻、未定。ありゃりゃりゃりゃ。。。
途中から私は、その人のことを「天気」だと思うことにしました。晴れの日もあれば、低気圧の日もある。天気に「なんで雨なの」と聞いても仕方ない。
……という理屈は、頭では分かってるんです。頭では。
でも実際は、頑張って明るく振る舞うほど消耗するし、頑張っても報われないし、家に帰っても「明日はどうかな」と考えてしまって、心が休まる時間がなかった。
今でも覚えている夕方があります。日勤の終わりがけ、廊下でその人とすれ違ったとき。私にできたのは、挨拶だけでした。
挨拶なんて、普段は何でもないことです。でもその日は、その”何でもないこと”に、持っている力を全部使いきってしまった。声が裏返らないようにするだけで、精一杯。
——たかが挨拶、と自分でも思います。でも、たかが挨拶にそれだけの力がいるくらい、私はもう、すり減っていたんです。
あの頃、ノートに線を1本引いて、「事実」と「予想」を分けて書いてみたことがあります。事実の欄——挨拶はできた。直接何か言われたわけじゃない。仕事はこなした。予想の欄——何か言われるかもしれない。機嫌を損ねたかもしれない。……並べてみて、気づいたんです。私を疲れさせているものの大半は、事実じゃなくて、予想の欄に住んでいました。
一番つらかったことを一文にするなら、こうです。
安心して働けないのが、一番つらかった。
仕事の量でも、忙しさでもなく。「今日は誰の機嫌が悪いだろう」と顔色をうかがう毎日が、心を少しずつ削っていったんです。
私を救った、身も蓋もない事実
そんな私を救ったのは、根性でも、コミュニケーション術でもなく、身も蓋もない事実でした。
この契約には、終わりの日がある。
派遣は契約期間が決まっています。私の場合は3ヶ月ごとの更新。合わない職場でも、「ここは永遠じゃない」「更新しなければ、ちゃんと終わりが来る」。
常勤だった頃は、「この人間関係が定年まで続くかもしれない」という前提で悩んでいました。出口のないトンネルです。でも派遣は、トンネルの出口に最初から日付が書いてある。
……とはいえ、私も最初からきれいに割り切れたわけじゃありません。
合わないと薄々わかっていながら、悩んで悩んで、私は一度、更新していました。「もう少し頑張れば変わるかも」「今やめたら逃げみたいだ」。そう自分に言い聞かせて。ところが更新した直後に、続けるのが一気につらくなる出来事が起きました。なぜ更新してしまったんだろうと自分を、ずいぶん恨みました(笑)
だから次の更新——半年の節目のときには、心に決めていました。「今度こそ、絶対にやめる」。
このとき学んだことが、私の働き方をまるごと変えました。合わないところは、合わない。 自分を削って相手に合わせ続ければ、たしかに働き続けることはできます。でもその先に待っているのは、疲労困憊の自分だけでした。「続けていれば、いつか状況が変わるかもしれない」——その期待にすがって我慢することは、私にとっては、もうそれほど大事なことじゃなくなっていたんです。
大事なのは、「合わない」と感じる自分の気持ちを、見なかったことにしないこと。その直感をちゃんと判断材料にして、更新するかしないかを、自分で決めて、実行する。派遣の”期限”は、我慢の終わりであると同時に、その決断を節目ごとに私にくれる仕組みでもありました。
つらい日は、心の中でこう唱えていました。「今日一日で、〇〇円、チャリン」。日給換算にすると、不思議と割り切れるんです。私は今日、この空気の中で働いて、ちゃんと対価を受け取って帰る。それでいい。修行でも我慢大会でもなく、これは契約なのだと。
……我ながら、ずいぶん現金な救われ方です(笑)。でも、出口の見えない我慢より、日付と金額の入った割り切りのほうが、よっぽど心にやさしかった。
「これは相手の問題、私の問題じゃない」
期限に守られながら働くうちに、もうひとつ、大事なことを覚えました。
機嫌が悪い人がいるとき。それって、その人の問題であって、私の問題じゃないんですよね。
昔の私は、誰かの機嫌が悪いと「私のせいかも」と自動的に引き受けていました。でも、よく考えたら、大人の機嫌はその人の持ち物です。私が預かる荷物じゃない。
大人はみんな、自分の機嫌は自分でとれる存在のはずなんです。だから、誰かの不機嫌を、私がわざわざ肩代わりして直してあげる必要はない。——そう思えたとき、肩の力が、すっと抜けました。
「これは相手の問題。私の問題じゃない」
そう心の中で線を引く練習を、派遣先が変わるたびに繰り返しました。期間限定の職場は、この練習にちょうどいいんです。深入りしすぎる前に契約が終わるから、「ほどよい距離」を保つ勘所が、だんだん身についてくる。
それに、こう思い出すようにもしました。私はそもそも、誰かの機嫌を取るために働きに来ているんじゃない。目の前の利用者さんに、少しでも心地よく過ごしてもらうために来ている。——そこに立ち返ると、拾わなくていい荷物が、はっきり見えてくるんです。
気づきすぎるセンサーは、今も健在です。でも、拾った荷物を全部背負うか、「これは私のじゃないな」と置いていくかは、選べるようになりました。
気づきすぎるあなたへ
もしあなたが、職場の空気を読みすぎて疲れているなら。誰かの機嫌のために、家に帰ってまで反省会を開催しているなら。
あなたの感じ方が弱いんじゃありません。センサーの感度がいいだけです。そして、感度のいいセンサーには、刺激の少ない環境か、期限のある環境が合う。私はそう実感しています。
環境を変えたら苦手が消えた話は、前にも書きました→【苦手なことは克服じゃなくて、環境で消えるものだった】
実際に更新しないと決めて、次が決まらずに眠れなかったときの話はこちら→【派遣看護師、更新しないと決めた話】
自分が派遣に向いているか不安な人は→【派遣看護師に向いてない人・向いてる人】
応援ナース先で直接ぶつけられた夜の話はこちら→【応援ナース、辞めたいと思った夜の話。原因は仕事じゃなくて、人だった】
「合わない職場も、期限があれば耐えられる」どころか、期限があるから、ちゃんと自分を守れる。派遣という働き方の一番の効能は、時給でも自由でもなく、これかもしれません。
派遣ってどう始めるの?という人は→【派遣看護師になるには?】
出口に日付のあるトンネル、私はおすすめですよ。

