患者さんとのあいだに、もうひとりいる。施設看護師になって、距離が取れて楽になった話

HSPの看護師に施設が合う理由と患者さんとの距離の取り方 施設看護のリアル

「人に気を使いすぎるところ、あるかもしれない」

そう思ったこと、ありませんか。

私はけっこうあります。あの人いま困っていないかなとか、今の言い方で大丈夫だったかなとか、そういうことがずっと気になるタイプです。気にしないでいるのが、あまり得意ではありません。

病院にいたころは、それでよく消耗していました。今は施設で働いていて、同じ性質のまま、わりと落ち着いて続けられています。

何が変わったんだろうと考えてみると、患者さんへの気持ちが変わったわけではありませんでした。変わったのは、ひとりで全部を抱えるかどうか、のほうでした。

施設には、利用者さんと看護師のあいだに、生活を支える人がいます。介護士さんです。ひとりで全部を抱える形にならない。書いてしまえばそれだけのことなんですが、私にはとても大きかったです。

病院では、看護師ひとりが担う範囲が広かった

病院にいたころ、看護師ひとりが受け持つ仕事の範囲は、かなり広かったです。

バイタルサインを測って、排泄のケアをして、身体を拭いたり、お風呂に入っていただいたり。状態が落ち着いていて退院を待っている方も、状態を細かく見ていく必要がある方も、同じ日に受け持ちます。

やることが並んでいるので、一日はそれで埋まります。

こたえたのは、患者さんが「ちょっと話したいのかな」という空気を出しているのが、分かってしまうことでした。分かるのに、でも、全部は受け止めきれない。

もっと正直に書くと、忙しいときに声をかけられて、自分の中で組み立てていた段取りが崩れるとイライラしている自分に気づきました。

私が理想としていたのは、患者さんを最優先に、丁寧に話を聴ける看護師でした。そうなれない自分を見つけるたびに、なんでできないんだろう、なんで優しくできなかったんだろう、と責めていました。患者さんに対して、申し訳なさが残る日がありました。

そして、その責任を病院のほうに向けていました。忙しすぎる、人が足りない、仕組みのほうがおかしい。実際そういう面はあったと思います。ただ当時の私は不満のほうが大きくて、たぶんそれで自分を保っていました。

いちばん残ったのは、達成感がないことでした。丁寧にできなかった日は、やりきった感じがまったくないんです。もっとこうすればよかった、ああすればよかったが毎日積み上がって、今日はよくやった、で終われない。

このあたりの話は、それだけで1本になりました。病院にいて、つらさの原因を自分に向けているところがあるなという方は、こちらのほうが近いかもしれません(→【「看護師に向いてない」とずっと思っていた。病院が合わなかった私の話】)。

施設には、利用者さんと私のあいだに、もうひとりいる

施設で働き始めて、まず違ったのは役割分担でした。

生活の場での仕事は、介護士さんが主になって担っています。食事、入浴、着替え、一日の過ごし方。利用者さんのいちばん近くにいるのは介護士さんです。

そのぶん私は、いつもと様子が違う方や、具合が悪くなった方のところに時間を使えます。

生活を支えることに関して、介護士さんは専門職です。どの方がどんな座り方だと食べやすいか、どこで声をかけると入浴を嫌がらないか。その人に合ったやり方を知っているのは介護士さんのほうでした。私は教えてもらう側です。

病院では、生活のことも身体のことも、全部ひとりで抱えていました。抱えきれないから、どこかを削ることになる。削ったところが罪悪感になって残る。

施設では、そこが分担されています。ひとりで抱える形にならないので、目の前の方にちゃんと向き合えます。

一人ひとりに丁寧に接することができる。それだけで、私の精神的な重さはずいぶん軽くなりました。

施設での仕事の中身そのものは、こちらに書いています。医療処置がどのくらいあるのか、看護師がどこまで判断するのかが気になる方は、こちらをどうぞ(→【施設看護師の仕事内容って実際どう?病院から来た私が感じた違い】)。

距離があると関わりが薄くなるのかというと、逆でした

「距離が遠くなった」と書くと、関わりが減ったように読めるかもしれません。私の実感は逆でした。

業務に追われないぶん、その人の話をちゃんと聴けます。

うれしかったのは、名前を覚えていてもらえたことです。認知機能の状態によっては、名前まで覚えているのが難しい方も多いです。それでも「名前は忘れちゃったけど、顔は覚えてる」と言っていただいたときは、じんわりきました。

行事が多いのも施設らしいところです。お楽しみ会、クリスマス会、節分、敬老会、お花見、カラオケ大会。病院では経験できない時間だと思います。

こういう場にいると、ここが暮らしの場なんだと実感します。持病は把握していますが、この時間に持ち出す必要はありません。病気を挟まずに人と向き合える時間は、私にとって思っていたより大きいものでした。

ご家族の話も楽しいです。お孫さんが来てくれた、娘さんがお菓子を持ってきてくれた、今は家族旅行でいないらしい。そういう何でもない話をしている時間が好きです。

あとは、予想していなかった返事が返ってきて、その場がふっと和むことがあります。ケアをしているつもりでも、こちらが元気をもらっています。

人と話すのが好きで看護師になったところがあるので、この時間があるかないかは、私には大きいです。

なお、職場の人との距離は、これとはまた別の話でした。利用者さんではなく同僚の機嫌や場の空気のほうで消耗しやすいなという方は、こちらもどうぞ(→【看護師の人間関係がつらい。HSP気味の私は「6ヶ月で終わる」に救われた話】)。

それでも、施設が全部いいわけではありません

正直なところも書いておきます。

まず、業務が単調になりやすいです。同じ流れの日が続きます。

落ち着いている時期は、時間の流れがとてもゆっくりです。ここでも達成感の話になるんですが、病院のそれとは中身が違います。病院は「やり残しが積み上がる」ほうで、施設は「今日も静かだったな」という物足りなさのほうです。手ごたえがほしい人には、向かないかもしれません。

それから、病院のような部署の異動がありません。同じ場所で同じ利用者さんを見ていくことになるので、変化がほしい人には合わないかもしれません。

なので、施設が誰にでも合うとは思っていません。私にはこの距離が合っていた、というだけの話です。

おわりに

気を使いすぎる自分のことを、私はずっと、直したほうがいいものだと思っていました。

でも、直らないまま続けられている場所が、実際にありました。直ったのではなくて、ひとりで抱えなくていい形になっただけです。

自分の性質を変えるより、ひとりで抱えなくていい場所を探すほうが、私には早かった気がします。

私はたまたま、派遣という形で施設に出会いました。期間が区切られているので、合わなかったら次でいい、と思えたのは大きかったです。

始め方はこちらにまとめています。まず何をすればいいのか分からない、という方はこちらからどうぞ(→【派遣看護師になるには?登録から働くまでの流れを実体験で解説します】)。

気を使いすぎる自分のままでも、続けられる場所はあると思います。

最後まで読んでくれてありがとうございます。またふらっと遊びにきてください。

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