応援ナース、辞めたいと思った夜の話。原因は仕事じゃなくて、人だった

派遣看護師の働き方

「応援ナース 辞めたい」と検索した夜は、ありませんか

応援ナースをやってみたけれど、「辞めたい」と検索した夜。

もしそういう日があったなら、たぶん今、けっこう疲れていますよね。

私にも、ありました。

北海道で応援ナース(施設や病院と直接雇用を結ぶ、短期の働き方)をしていたときのことです。楽しかったことも本当にたくさんあったのですが、「辞めたい」がよぎった夜も、やっぱりありました。

今日はその話を、できるだけ正直に書いてみようと思います。

私の場合、辞めたいと思った理由は、仕事の内容ではありませんでした。職場の人間関係に悩んだからです。

【この記事でわかること】

  • 私が「辞めたい」と思った夜に、何があったか
  • 何も食べられなかった日と、そのあとの二連休のこと
  • 折れずに済んだ、たったひとつの理由
  • 契約満了まで働いてみて、あとから残ったもの

着任したての「大変」は、たぶん別のもの

先に、ひとつだけ分けておきたいことがあります。

応援ナースは、人手が足りない現場に「もう仕事ができる人」として入るので、新人さんのような手厚いオリエンテーションは、基本ありません。物品の場所も、記録のシステムも、その職場だけのルールも、走りながら覚えることになります。

最初の2週間くらいは、覚えることだらけで、帰るとぐったりします。

ただ、私の場合は、これは「辞めたい」にはならなかったような気がします。

「まあ、派遣だからしょうがないよね。私が慣れるまでの話だよね」と思えたというか。疲れてはいるけれど、出口は見えている感じでした。

もし今あなたが着任したてで「もう無理かも」と思っているなら、その大変さは、あと少しで薄まるかもしれません。そのあたりは別の記事に書いたので、よかったら(→【応援ナース、最初の1ヶ月がいちばんきつい。慣れるまでにやっていたこと】)。

私が本当に苦しかったのは、そこではありませんでした。

やっぱり合わない職場だったな、と向き合った日

正直に言うと、「ここ、合わないかもしれないな」というのは、出勤して一週間もしないうちに、なんとなく分かっていました。そういう雰囲気って、分かるんですよね。

そのうえで、2ヶ月目に入った頃だったと思います。

職場でこちらの話は聞かずに、言いたいことを一方的に言って怒る、という威圧的な言い方をする人がいました。お互いを尊重した上で話す、ということが、なかなか成立しない相手でした。

そしてある日。

業務とは関係のない、私の内面について否定されるようなことを言われました。みんながいる場所で。私に聞こえるように。

何を言われたかは、書かないでおきます。

ただ、あれは「仕事のここを直したほうがいい」という話ではなかったです。

その職場に来て、まだ2ヶ月でした。

私のこと、そんなに知らないですよね。……と、心の中で思ったのを覚えています。

やっぱり合わない職場だったんだな、と、はっきり向き合うことになった日でした。辞めたい、と思ったのは、このときです。

何も食べられなかった夜と、二連休の日帰り温泉

その日、家に帰ってからのことも書いておきます。

何も考えられませんでした。食欲もなくて、あの日自分が何を食べたのか、今も思い出せません。たぶん、食べていない気もします。

頭の中では、マイナスな思考がぐるぐる、ぐるぐる、ぐるぐる。ため息ばかり出ていました。

結局その夜やっていたのは、お気に入りのYouTuberの、お気に入りの動画を、繰り返し繰り返し見ることでした。内容はもう覚えているのに、それでも流していないと、あの声がまた頭の中で再生されてしまうので。

あとは検索です。「ああいう言い方をする人の心理」みたいなことを、延々と調べていました。理由が分かれば、少しは楽になれるような気がして。

そして翌日から、ちょうど二連休でした。

出かけるつもりでしたが、まったく気力が出なくて、結局その二連休は、家で寝込んで終わりました。

唯一やったのは、日帰り温泉に行ったことでした。

これがね、思いのほか効いたんです。お湯につかっている間だけは、頭の中のぐるぐるが止まってくれました。あの二日間、私を癒してくれたのは温泉でした。

誰かに話す、ということが、できなかった私

でも、私が折れずに済んだ理由は、たぶん別のところにあります。

その出来事があった日の、夕方のことでした。

いてもたってもいられなくて、業務中にもかかわらず、職場でいちばん話しやすい人をつかまえて、聞いてもらったんです。

……これ、それまでの私にはできなかったことでした。

愚痴を言うのは、いけないこと、恥ずかしいことだと思っていたので。

だって、即戦力として来ている立場です。業務もちゃんとして、人間関係も滞りなくやらないと、と思っていました。上司に言うのは物事を大きくしそうで嫌でしたし、仮に言ったところで、数ヶ月でいなくなる私より職員さんのほうが大事なのは、まあ、目に見えていますし。

それでも、あの日は言わずにいられませんでした。

相談した相手が、あとで「あの人こう言ってたよ」と誰かに話す可能性だって、もちろんあります。でもあのときは、それどころではありませんでした(笑)。

「わかるよ」がひとつあれば、けっこう持つ

聞いてもらった、というより、ほぼ一方的に話しました。こういうことがあって、信じられなくて、どうしてみんな黙って働いているんですか——会話というより、演説に近かったと思います(笑)

その人が返してくれたのは、こんな言葉でした。

あの人の態度や言い方には問題があると感じている。でも、誰も何も言えない雰囲気なんだ、と。

これを聞いたとき、心がすっと軽くなりました。

私はまだ来て2〜3ヶ月で、職場の内情なんて何も知りません。だから「私だけが気にしているのかな」「私が大げさなのかな」と思っていたんです。でも、そうではなかった。

やっぱりこの施設は何か問題があったんだ、と気づけたきっかけでもありました。

理解してくれる人がひとりいる。それだけのことなんですが、あれがなかったら、どうなっていたか分かりません。

——とはいえ、正直に書いておくと。

話を聞いてもらっても、傷がすぐ癒えたわけではありませんでした。そのあと2週間くらいは、普通に引きずっていたと思います。ふとした瞬間に思い出して、また少し沈む。そういう2週間でした。

もし今、あなたが同じような状況にいるなら。「わかるよ」と言ってくれる人が、ひとりだけでも見つかるといいなと思います。全員に分かってもらう必要はありません。ひとりで、けっこう持ちます。

満了の日に思ったのは、「解放」でした

そのあとも、私は契約満了まで働きました。

途中からは日数ではなく、「あと何回行けば終わる」で数えながら。カレンダーの日付より、出勤の回数のほうが、減っていくのを実感しやすかったので。

辞める一週間前くらいには、少し寂しさも出てきました。利用者さんと会えなくなるんだな、と。みなさん、素敵な方ばかりだったので。

でも、最終日に思ったのは、たったひとことでした。

解放。

ようやく終わった。お勤め終了。契約を満了まで働いた自分はえらいと自分を褒めて、その日のうちに寮を出て、少し離れた場所に住む友人のところへ向かい一緒にご飯を食べました。

あの日の日勤終わりの帰り道の運転は、心が軽かったです。

最後に、あの人が言ったこと

最後に、

私が更新しないことが職場に伝わったとき、あの人が声をかけてきたんです。

「北海道、合わなかった? はな子さんならずっといてくれてよかったのに」

……唖然、というのは、こういうときに使う言葉なんだなと思いました。

たぶん、自分が言ったことを覚えていないんだと思います。そのときの感情で話しているだけで、責任も記憶もあとに残らない。そういう人なのかもしれません。

そしてここで、ようやく気づきました。

あの人の言葉を全部真に受けて、あんなにぐるぐる悩んでいた私、なんだったんだと(笑)。

あとから残った、2つのこと

今になって思えば、あれは荒療治だったのかもしれません。それまでの私は、面と向かって怒りをぶつけられた経験が、あまりなかったので。

そのぶん、残ったものも2つあります。

ひとつは、「私がそう思っていなければ、それは事実じゃない」という感覚です。

誰かに何を言われても、それはその人の受け取り方であって、私の問題ではない。そんなふうに、少し分けられるようになりました。暖簾に腕押し、みたいな受け流し方です。

以前の私なら、言われたことを全部そのまま持ち帰って、家で何度も再生していたと思います。今は「はいはい、それはあなたの感想ですね」と、心の中で暖簾をかけられるようになりました。

(もともと私は、まわりの空気を拾いすぎるところがあります。この気質そのものの話は、別の記事に書きました→【看護師の人間関係がつらい。HSP気味の私は「6ヶ月で終わる」に救われた話】

もうひとつは、「合わない職場でも、半年くらいなら続けられるかもしれない」という感覚です。

それまでは3ヶ月更新の求人ばかり探していました。「合わなかったら3ヶ月で抜けられる」という保険がないと、なんとなく怖くて応募できなかったんです。

でも走りきったあとは、半年から募集している施設も、まあ大丈夫かな、と思えるようになりました。

これ、探せる求人が増えた、ということでもあります。どうにかなると思える感覚って、精神論ではなくて、案外こういう選択肢の話なのかもしれません。

どうしても無理なときは、途中で辞める道もあります

きれいごと抜きで、これも書いておきます。

身体や心が壊れそうなら、契約途中で相談するのも、ちゃんと選択肢のひとつです。

そのときは、ひとりで抱えないでいただけたらと思います。まずは窓口(応援ナースなら紹介元の会社、派遣なら派遣会社の担当さん)に相談を。間に立ってくれる人がいるのは、この働き方の、数少ないけれど確かな心強さだと思います。

ただ、もしあなたの「辞めたい」が「あと数回なら行けそう」くらいなら。満了まで走ったあとの「やりきった」は、思っていたより大きいかもしれません。契約満了は、辞めることではなくて、約束を果たしたということなので。

「辞めたい」の裏に、隠れているもの

最後にもうひとつだけ。

「応援ナース 辞めたい」の裏には、「でも常勤に戻るのも違う気がする」が隠れていることが、けっこうある気がします。私もそうでした。

応援ナース(直接雇用・月給制)と派遣(派遣会社と契約・時給制)は、似ているようで、雇い主も保険のしくみも違います。私は両方やってみて、自分には派遣のほうが合っていました。この違いは、正直レビューのほうに書いています(→【スーパーナースの評判は本当?派遣と応援ナース、両方やった私の正直レビュー】)。

応援ナースを辞めることは、看護師の自由な働き方を辞めることとイコールではない、と思うんです。隣の車線に移るだけ、という道もありますので(→【派遣看護師になるには?登録から働くまでの流れを実体験で解説します】)。

まとめ

【まとめ】

  • 着任したてのきつさと、「辞めたい」は、たぶん別のもの
  • 「わかるよ」と言ってくれる人がひとりいるだけで、けっこう持つ
  • 契約満了は「辞める」ではなく「約束を果たした」。走りきったあとには、選べる求人が少し増えている

今日もどこかで、寮の部屋で天井を見ている応援ナースがいるかもしれません。

出口まで、あと何回でしょうか。今日はセコマ(なければ近所のコンビニ)で、ちょっといいスイーツを買って帰りませんか。あと、温泉。あれは、けっこう効きます。

(北海道の夜の癒やしについては、この2本もどうぞ→【仕事に疲れた夜はセコマパーティーで整う。】【鹿ちゃん、理想と現実。】)

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